実は僕の父親は材木屋を生業にしていました。僕が幼い時は、大工さんたちが身近に出入りしていました。
ほの暗い材木置き場で、鑿の刃を研いだり鉋をかける大工さんの手元をじっと見つめていましたし、多少の設計図も身近にありました。
僕が設計を学ぶことはなかったのですが「門前の小僧」という奴で、定規と鉛筆を手に「カタコトの図面」をひくようになりました。
イメージをかたちにしていく過程で、「図」を仲立ちにやり取りできたのは幸いでした。職人さんたちに拙いながらもイメージを伝えることができ、かたちになっていきました。