【建物散歩】青淵文庫(せいえんぶんこ)

ヴィンテージ

前回の投稿からの続きで、また渋沢栄一に関わる建物です。
東京・飛鳥山の渋沢邸跡に戦災をくぐりぬけて今に残る2つの建物。
前回に続くもう一つがこの「青淵文庫(せいえんぶんこ)」です。

「青淵」は渋沢栄一の雅号。
「青淵と云ふ私の号は、私が十八才頃、藍香先生から附けて貰つた。当時私の家の下に淵があつて、その関係から私の家を淵上小屋と名附けてゐた。それから青淵と云ふ号が出来たのである」(渋沢自身の言葉)
今放映のNHK大河ドラマ「青天を衝け」もそうですが、藍、青が渋沢の生涯について回るカラーイメージですね。

ここで「藍香先生」というのは、栄一のいとこで、村の学者として少年たちに論語などを教えていた尾高惇忠(じゅんちゅう)です。栄一の最初の師と言えます。ドラマでは田辺誠一さんが演じていますね。栄一は惇忠の妹、千代(橋本愛さんが演じています)と結婚していますので、義兄にもなります。

本物の肖像も上げておきます。

「面魂」の強いお顔ですね。惇忠は、後に、栄一らが立ち上げた富岡製糸場の初代場長にもなります。     

さて、この建物は、栄一が傘寿を迎えまた子爵に叙爵されたことを記念して、弟子や栄一の社会的活動を規範と仰ぐ企業人たちの集団「竜門社」(現:(公財)渋沢栄一記念財団)が贈った個人文庫です。栄一は自身の「芯」をつくった論語にまつわる典籍と、仕えた徳川慶喜の事績に関する記録を中心に納めるつもりだったようです。


煉瓦造と鉄筋コンクリート造との複合構造による2階建て。大正11年に着工したものの13年の関東大震災に遭い、補強の為に鉄筋コンクリートで耐震性能の強化を図ったので工期が遅れ14年5月竣工。
一階は閲覧室、二階が書庫として設計されましたが、別の場所に保管されていた書物の大部分が震災で燃えてしまい、結局は文庫としてよりも賓客をもてなす場として多く使われていきました。文書が灰燼に帰したのは残念なことでした。
設計は晩香蘆と同じ田辺淳吉。
ただしこの頃は清水組の筆頭技師を辞めて、フリーで事務所を構える建築家となっていました。しかし田辺は大正15年に没。したがって美と才能に恵まれたこの建築家の実質的に最後の作品となりました。

 

外壁は伊豆天城から切り出された白い安山岩。列柱上部には大きな4面のステンドグラス。約1000ピースもの色ガラスが使われているそうです。中央の2枚には渋沢家の家紋(丸に違い柏)にちなみ、柏の葉。それに寿の文字。左右の窓には建物を贈った竜門社にちなんで竜がデザインされています。
柏の葉のモチーフは、外装・内装を縁取る装飾タイルにも施されています。緑の柏の葉を取り巻く金色の帯。昭和初期の京都の窯で焼いたものが3000枚近く貼られています。

 

このころは、京都にあった陶磁器試験場の流れをくみ、美しい色合い・肌合いのタイルが次々世に送り出されました。京都という町がその歴史から生んだ意匠デザインは、大正から昭和にかけて、タイルという近代の建築素材にも受け継がれていったと言えます。当時の多くの建築家が惚れ、取り入れていきました。田辺淳吉もその一人でした。
これら美しいタイルについて詳しくはこちらが参考になります。⇒ https://smile-log.net/taizan-tile2/

絨毯にも「壽」の飾り文字。コウモリが囲んでいます。漢字で書くと蝙蝠。福が偏り来るという意味の発音に通じるので、福の象徴と言われています。

 
建物の周囲には「壽」の字をデザインした手摺もあります。
私は、どうしても「照明器具」の意匠に目がいってしまいます。絨毯の文様と対をなすように唐草模様が美しい。写真をいくつか載せておきたいと思います。

 

美しい建物を贈られ、多くの人に寿を祝われた渋沢栄一。
この文庫に納められるはずだった論語の典籍が失われたのは残念でしたが、論語や、栄一が育んだ考え方まで失われたわけではありません。

ここからは建築から少し離れますが・・・
「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することはできぬ。」というのが栄一の一生を貫く考え方でした。(『論語と算盤』より)

論語による人格形成を経て世界に学んだ栄一は、資本主義経済の発展は社会全体を富ませる手段だから、自己の利益追求一辺倒ではいけないと語っています。彼は何百もの株式会社の設立を主導しましたが、いわゆるオーナーとして富を集めたわけではありません。彼の考え方は、広く資本をあつめ、多くの人に社会的経営を伝え、広く社会に還元することでした。会社の目的は利潤の追求だが、根元には、社会や人の暮らしの全体の繁栄に対して責任を持つという道徳がなければならないという「道徳経済合一」を唱えました。
「青淵文庫」の建設が始まった大正11年ころ、既に利益追求に偏りがちだった企業人にそれを熱く説いていた記録が残っています。

資本主義が行き詰まりを見せ、ポスト・コロナの世界や、SDGsなどで未来への持続について、企業でも社会でも模索が始まっている今、ドラマの主人公となり紙幣の肖像として登場し、彼の考え方や実践が再び広く注目されるのも、偶然だけではない何か社会的意味があるように思えます。

(「青淵文庫」所在地:東京都北区西ヶ原)

ヴィンテージ建物散歩建築暮らし

たけぞーです。建築好き、写真好きです。
このブログも、両方の要素がクロスすればいいな、と立ち上げました。
たけぞー(takezo)が街を歩きまわるから"take-a-walk"なのです。
現在はビル設備管理の仕事をしつつ、家族が営む不動産事業をサポートしています。

たけぞーをフォローする
たけぞーをフォローする
暮らしと建てものの散歩道 == take-a-walk★net  
タイトルとURLをコピーしました